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Dream,Dream,Dream―World of No.5 
 
 
  「第五世界」と呼ばれる世界の日付にして、3月。 
 システムを介し、第五世界に一つの生命体が降り立った。 
 その生命体が何をするかは誰も知らない。その生命体でさえも。 
 ただ、その生命体の呼び名だけは判明していた。 
 「異世界のプレイヤー」――「OVERS」と。 
 
序章 
 「第五世界」の5月10日。 
 システムに従い、「第五世界」の少年兵「速水厚志」と共に二か月を過ごしたあるOVERSは、速水厚志に告げた。 
 別れを。自分は、もうここからはなれなければいけないことを。 
 
 自分からわかたれた存在を見て、速水は言った。 
 
 ――ずっとそばにいてくれたのは、君だったんだね。 
 ……もう、行かなくちゃいけないの? 
 
 その目が、声が。寂しそうなのが、OVERSは、嬉しかった。 
 なぜならOVERSもまた、二か月を共に過ごしたこの少年と別れることを、寂しいと思っていたからだ。 
 ……だから、言った。 
 
 ――もう、この形では会えないと思う。 
 だけど、約束する、必ずあなたと芝村舞を……5121小隊のみんなを、幸せにしてあげる、と。 
 
 15歳の少年速水厚志は、共に過ごしたOVERSに尋ねた。 
 どうして、そこまで……自分たちに力を貸してくれるのか。 
 
 OVERSはいろいろと考えた。 
 言えることから、言えないことまで、いろいろと。 
 だけど結局、この優しい少年に……一番、喜ばれそうな答えを口にした。 
 
 自分は、速水が好きだ。舞が好きだ。 
 ……速水と一緒に過ごしたこの世界が大好きだ。だから、幸せにしてあげたいんだ、と。 
 
 ……それはこの場限り、この少年が記憶にとどめることはないであろう言葉だと、知っていた。 
 自分が今から何をするのか、この後ループするということがどういうことか、そんなことは知っていた。 
 
 ――けれどそれでも。それでもOVERSは、この少年に喜んでほしかった。 
 まぎれもなく、その笑顔が好きだった。 
 
 少し、赤い顔をして消えゆくOVERS。 
 速水もまた、少し赤い顔で言った。ありがとう、僕も、君が大好きだよ、と。 
 
 ……舞に、速水の運命の恋人に。 
 聞かれたら、ただじゃすまないんじゃないだろうか、純情な分、嫉妬深い子だから。 
 つけられたという盗聴器は、大丈夫か。 
 でも、OVERSの声までは、届かないから、独り言でいいわけがきくか……そんなことを思って、少し苦笑して。 
 そして最後の最後に、名前を告げた。 
 
 できれば、覚えていて。 
 ……私の、名前。 
 
 「OVERS」でも「異世界のプレイヤー」でもない、個人の名前。 
 届いたかどうかもわからない、たぶん届かないであろうまま。 
 ……届いていたとしても、覚えているはずがない。 
 そういうものだと、わかっていたけれど。 
 
 そして、暗くなった視界に、目を細め。 
 OVERSは新たなループを……再び、第五世界への扉が開く時間を、待った。 
 
 
一章 
 OVERSは、再びシステムを介し「第五世界」へ降り立った。 
 新たな少女兵「 」として。 
 
 本来、システムは第五世界の人間に寄生するためのもの。 
 けれど、このOVERSはそれを望まなかった。 
 
 理由はいろいろあった。 
 速水厚志として第五世界をのぞいて、誰が誰を好きか、そんなことをわかってしまって。 
 ……その合間に入るのが、気が進まないとか、あんまり運命を歪めるのはどうかと思うとか。 
 まあ、いろいろとあったが……簡単にいえば、自由に、世界を楽しみたかったのだ。 
 
 だから、ちょっとだけ真面目に考え、ちょっとだけ勉強し、新しい人間を作りだした。 
 中流家庭の育ち。 
 徴兵され、別の小隊に所属し、そこで戦車技能を取得。実戦にも出て、そこそこの撃墜数を稼いだ。 
 しかし、その部隊の小隊が縮小したため、補充パイロットとして5121小隊に転属してきた少女兵……その程度の、世界を自由に楽しむための、簡単な設定で。 
 
 空席の士魂号2番機のパイロットとして、「」は5121小隊にやってきた。 
 
 
 
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速水厚志 
 
滝川陽平 
 
遠坂圭吾 
 
若宮康光 
 
速水厚志 
 「屋上にて、待つ――速水厚志」 
 その手紙を前にして。 
 士魂号2番機担当の少女兵は、しまった……とOVERSの顔で呟いた。 
 
 その手紙が何を意味するものか、わかっていた。 
 ループの最中、何度となく見てきた……人が人に、時には人ならぬものが人に、愛を告げるための下準備。……OVERSには、屋上に行けば、愛の告白が起こることがもう既にわかっていた。 
 
 ――考えてみれば。 
 
 確かに「」としての自分の態度は、よくなかった。 
 
 OVERSとして2ヶ月を過ごした気やすさから、速水にはちょくちょく声をかけていたし。 
 その経験から、彼の好みや喜びそうな返答を熟知し、それを行動にうつすことに、何のためらいも持っていなかった。 
 
 ……客観的に考えれば、それは確かに「この人は自分に気がある」と思われても仕方なく、また、会話や好みの話がすべてぴたりと合う相手に、多感で恋人のいない少年が「これは運命かも」と感じてしまうのは、当たり前といえば当たり前のことだった。 
 
 何より、OVERS自身、速水に好意を抱いている、それは間違いない。 
 ……少なくとも、手紙を無視し、告白をなかったことにはできない、その程度には、OVERSは速水が好きだった。 
 
 手紙をそっとしのばせ、屋上に行き。 
 見慣れた照れ顔の速水に対面し。 
 聞き慣れた声で、愛の告白を受け……。 
 
 ……しばらく、沈黙した後。 
 彼の告白を、断る言葉を選んだ。 
 
 なるべく、傷つかないように。 
 なるべく、心が……自分が彼を好きだと言うその気持ちが、出ないように。 
 
 OVERSは知っていた。 
 自分は、異物でしかないということを。 
 
 ……彼には、芝村舞という運命の相手がいることを。 
 
 その運命を、絆を結びつけたのは、他でもない自分。 
 それを間近で見たのもまた、自分だった。 
 
 だから、自分は……彼と結ばれるわけにはいかない。 
 結ばれたところで、最長でも二ヶ月先には消える運命。 
 ……それこそ、変えられない、どうしても変えられない運命だ。 
 
 ……だから。 
 
 ――自分は、ふさわしくない。 
 あなたには、もっとふさわしい人がいる。 
 
 ……あなたの運命の相手は、私じゃない。 
 やっとめぐりあえた、大好きな人を……大切にしなくちゃ、駄目だよ。 
 
 ……言った後で、うつむいて。 
 しまった、なんてわけがわからない断り方だ、そう思ったけれど。 
 それを受けた速水の言葉は……もっと、わからない言葉だった。 
 
 「――」 
 
 ……一瞬、わからなかった。 
 速水が静かに、口にした言葉。 
 それが……でもでもない。 
 最後の最後、覚えていないとわかっていて告げた……OVERSの名前だったと。 
 
 思わず顔をあげて。 
 自分を見すえる速水の顔を、正面から見る。 
 ……そこにあるのは、見たことのない表情だった。 
 
 「……覚えているとは、思わなかった?」 
  
 ……心を読んだように、速水は告げる。 
 その点に関しては、まるで無力なOVERSは、頬を染めたまま、頷くことしかできなかった。 
 
 速水は続けた。
  
 を一目見て、何か思いだしそうな感覚にとらわれたこと。 
 しばらくして、すべてではないけど、思い出したこと。 
 世界をループさせ救おうとする、ある存在、ごく限定的な範囲で、OVERSと呼ばれるその存在の――本当の名前。 
 ……そして自分が、その人を、大好きだったことを。 
 
 目を見開いて、じっと立ちつくす彼女に、近づいて。 
 速水はそのまま、囁いた。 
 
 「やっとめぐりあえた、大好きな人……その人を大切にしなきゃ駄目、 
  ……君が言ったことじゃないか。 
  それが駄目だなんて、それじゃ理屈が通らないよ」 
 
 OVERSの返事が言葉になるより、その目から涙が落ちる前に。 
 真っ赤になった彼女の体を、速水は強く抱きしめた。 
 
 ――……これで、最後。 
 
 抱きしめられたまま、彼女は小さく呟いた。 
 
 ――……たとえ、システム上、他に道はなかったとしても。 
 
 それでも、彼に寄生し、彼を好きになり、そして自分を好きにさせてしまった責任は……取ろう。 
 ……今回だけは。 
 
 ……次のループの時には、近寄らない。 
 忘れてもらう。 
 だから……今は……今だけは……。 
 
 昼休みの屋上で。 
 頬を赤くしたまま、二人は目を閉じ、唇で互いの存在を確めた。 
 
 
 
 ――ループは繰り返す。 
 OVERSがそれを、望む限り。 
 
 そしてとうとう、ループが解除されるときが来た。 
 速水との接触を最低限に抑え、OVERSはそのループを……世界を平和にすると言う道を、やり切った。 
 
 歴史的補講には、記録には残らない、自分の名前。 
 そしてきっと記憶にも残らない、自分の存在。 
 それでいい、OVERSはそう思っていた。 
 それでもこの世界が救われた。その力になれた。 
 その誇りだけで、そしてこの世界で得た思い出だけで、十分だった。 
 
 最後の最後、その存在が消える前に。 
 彼女は速水に近づき、告げた。 
 
 ――……幸せにね 
 
 友達かどうかも怪しい、そんな関係だから。 
 言葉が届くかも、わからないけど。 
 それでも、伝えておきたかった。 
 
 速水は笑った。 
 優しそうに。皆に、そうしているように。 
 
 ――……友達として、最後に……これぐらいは、許されるよね 
 
 速水の唇がふれた。の唇に。 
 
 一瞬、垣間見せた素顔の後に。 
 速水は、いつもの笑顔に戻っていた。 
 
 忘れたふりはするけど、それでも。 
 心には全て残ってるよ、そんなふうにさえ見える笑顔を目に焼き付けたまま。 
 
 OVERSはループを越え……元の世界に戻っていった。 
  
 
滝川陽平 
 ……この体の平均体温って、いくつだっけ。 
 
 顔を赤くしたOVERSは、高い数値をはじき出す体温計を前に、そんなことを呟いた。 
 
 ……っていうか、風邪なんてあったっけ。 
 
 そこまで考えると、起こしていたの体を、再びベッドに横たえる。 
 
 OVERSとして。速水厚志に寄生していた時は、風邪なんて引かなかった。 
 ひいたとしても、気づいてなかった。 
 救急箱、持ち歩いていたし。 
 こんな時間まで起きてるなんてよくないわ、明日の弁当だってあるんだから、とまるで小学生の母のように、早いうちに速水を家に帰らせた。 
 
 それが、自分が戦士となってみれば、この状態。 
 風邪で熱が出てにっちもさっちもいかない状態である。 
 
 ……出撃命令、出ないといいけど。 
 
 出たら出たで、それこそ救急箱片手に、薬を飲んで出撃するしかない。 
 
 ……士魂号に救急箱の持ち込みって、できたかしら。 
 っていうか、薬飲んでもよかったっけ、あれ。 
 
 そんなことをぼんやり思いながらベッドに倒れていると、ピンポン、と音がした。 
 とてもわかりやすい、玄関のチャイム音が。 
 
 まさか出撃命令、違うな、出撃命令ならもっと重々しいだろうし。 
 ……でも、なにか必要なことだったら放置しとくわけにもいかないし。 
 
 ……そうぼやきながら、重い足取りでベッドから出て、ドアを開けると、友人関係になっていたクラスメイトが数名、顔をそろえていて……むしろ、出撃命令だった方がよかったんじゃないか、そんなことを思う程度には……ドアを開けたことを、後悔した。 
 
 完全にお母さんと化した速水の看病と、普段でもやめてくれ、と叫びたくなるような自宅の騒動に対抗しなければならないという意識が、回復を促し。次の朝には、の風邪はすっかり完治していた。 
 
 テーブルの上には、アップルパイ。 
 これ食べて元気出せよーと、汚い字で書いてあって。 
 ……一目で、滝川の差し入れだとわかった。 
 
 ……あんだけ人の家を荒らしておいて、これで済むと思うなよ、そんなことを思いながらも。 
 サクサクしたパイ生地と甘酸っぱいリンゴを噛んでいたら……なぜかちょっとだけ、泣けてきた。 
 
 寂しいとき、心細いときに、何の見返りも求めず、心配され、看病されるのは……なんだか妙に、ありがたくて。 
 口の中のパイ生地が、妙にその、気持ちや喜びを、浮かび上がらせて。 
 
 ……今度、あいつが風邪ひいたら、お返ししてやる。……アップルパイ、持ってって。 
 そんな悪態をつきながら、ぽろぽろ落ちる涙を、指でぬぐった。 
 
 ――滝川から愛の告白をされたのは、それからしばらく後のことだった。 
 
 
 ……そんなに、理由は思い当たらなかった。 
 
 ただ、たぶん風邪をひかないかとつけねらっていたのと、弁当があっても味のれんにつきあってたことが、大まかな原因だと思われた。……あとは、いつまでたっても風邪をひかない滝川に、借りを作るのは好きじゃない、とアップルパイをおごったことだろう、と。 
 
 特に断る理由もなく、そして彼なら別に最初から好きという女の子も思い当たらなかったので、少し考え、OKした。……正直、素直な彼が、嫌いでもなかったし。彼が喜ぶ姿は、嬉しかった。 
 
 せっかくだからと、日曜日には、いろんなところに出かけた。 
 デートと言えるほど色っぽいことは、ほとんどなかったけれど。……それでもとても、楽しかった。 
 よく笑う滝川につられるように、よく笑って。二人の時にときどき見せる真剣な目に、どきどきするのも、嬉しかった。 
 
 ……初めてキスをしたのは、いつだったか。 
 そう、ボウリング場に行った帰り。 
 
 自分が勝ったらチュー一回、と勝手に宣言し、こっちが返事をできないでいると、照れながら勝手にまた、撤回し。 
 ……あんまり素直に落ちこむものだから、いやいや、と笑ったらそれをまた勝手に、承諾されたとかんちがいし。 
 ……はりきった結果、思いっきりガーターをした、その帰りだ。 
 
 肩を落とす滝川に、初めてボウリングで勝ったお祝い、そう言って。 
 ちょっと背伸びして、その頬にしたのが……最初。 
 
 ……真っ赤になってそのまま倒れて、いろんな意味でちょっと待って、と叫んだ記憶が、強く心に残ってる。 
 
 
 ――こっちには? 
 
 ……唇をさして、そう聞かれるようになったのは、しばらく後。 
 ……正直、それはそれで、よかったのだけど。 
 ただ、なんだかそれにそのまま乗るのは、悔しくて。 
 
 ――戦車技能が取れたら、いいよ。 
 士魂勲章、もらったら……そしたらなんでも、お願い聞いてあげる。 
 
 そう答え……間もなく戦車技能を覚えられ。 
 ……こんなに早く覚えられるならもっと早く覚えればいいのに、とちょっとあきれながらも、祝福したと同時に……なんだか、すごく、切なくなって。 
 
 「死んじゃ嫌だよ、嫌だからね」そう言って、抱きついた。 
 
 自分がしたことは、結局この人を死地に行かせることか。 
 そう思うと、切なさと悔しさが、こみあげて。 
 
 ……だから、誓った。 
 誓わずには、いられなかった。 
 
 ――みんなをめでたしめでたし、で終わらせる。 
 誰も死なせない。 
 ……死なせる機会すら、作らない。 
 
 荒れた手で、ひどくぎこちなく、不器用に抱きしめられながら。 
 自分の腕の中に、当てた頬に、確かな体温を感じながら、彼女は固く固く、決意した。 
 
 ――「」の撃墜数が、300を越えたのは、それから少し後のことだった。 
 
 
 
遠坂圭吾 
 告白を受けたのは、いつだったか。 
 
 少し、知りたいと思った。 
 どんな人か、何が好きなのか。 
 
 それで、話を聞いて。情報を、聞きだして。 
 出かけた先で、好きだと言っていたものを見つけたので、なんだか嬉しくなって。 
 自分のものを買うついでに、一緒に買って。 
 プレゼントとして、彼に渡した。 
 そういうことが、何度かあった。 
 
 ……それだけで、気がついたら、告白されていて。 
 思わず、OKしていた。 
 
 ……簡単にいえば、好みだった。 
 
 照れながら、幸せそうに微笑んでくれる姿が、嬉しかった。 
 ……自分は彼の運命の相手じゃないと、わかっていても。 
 その瞬間だけは、私は彼の相手だ、OVERSはそう、思いこむことができた。 
 
 ある日、二人きりになったある日。 
 彼は尋ねた。 
 ……OVERSの、仮の体……「」の生い立ちについて。 
 
 家も戦歴も決して悪くないのに、どうしてこの小隊に来たのかと。 
 
 ……もっと丁寧で、まわりくどい聞き方だったけれど。とどのつまりは、そういう話で。 
 周りに調べられたか、それともなにか、口添えされたか……そんなことは、容易に想像できた。 
 
 ……たぶん、人の生い立ちや過去なんて関係がない、そう思ったり、言ったりしつつも。 
 ……それでもやっぱり、気になったのだろう。……人間は、そういうものだ。 
 
 ともすれば欠点とも言えるその行動を、OVERSは……かわいいと、執着を示してくれることが、嬉しいと思った。 
 そしてそれを直接聞いて来るほどには、自分に甘いところがまた、OVERSには嬉しかった。 
 ……簡単にいえば、彼の行動は、好みだった。 
 
 OVERSは答えた。 
 
 ……自分は特殊能力ってほどではないけど、生まれつき、カンがいい。 
 前いた部隊が、縮小したせいもあるけど。 
 自分が何をした方がいいか、それだけはわかるの……それで、来たの。 
 ここに自分がするべきことがある、そう思ったから。 
 
 ――それは、確かな答え。 
 最初に用意した、設定と矛盾しない、確実でまともな、正解の答え。 
 
 ……けれどまだ、どこか釈然としない色を残す遠坂が……かわいいと思って。 
 本当はね、そう言って小さな声で、真実を囁いた。 
 
 ――……本当は、あなたに会いに来た。 
 見かけたあなたを一目で気に入って、それで、ここまで会いに来たの、と。 
 
 ……それはすべてではない。すべてではないけれど。 
 けれどそれもまた、OVERSにとっては、ひとつの真実。 
 
 自分を見つめる、遠坂の目に飛び込むように。 
 OVERSは彼の胸に、飛び込んだ。 
 
 ――……私は、あなたのすべてを、知ってるわけではないかもしれない。 
 
 でもね、あなたが何者で、どんなことをしてたとしても。 
 ……私はなんだって許してあげる。 
 だって私は、あなたが好き。大好き、だから。 
 
 そう言って、少し腕に力を込めると。 
 遠坂は、強く彼女を抱きしめた。 
 
 ……知っていた。 
 次のループでは、彼は、自分のことを忘れていると。 
 彼の運命の相手は、ちゃんと他に……すぐ近くに、いることを。 
 
 ……次はきっと、彼を運命の相手と、幸せにしてみせる。 
 だから、せめて……今だけ、今だけは彼を抱きしめたい。 
 たとえそれが、甘やかしだとしても。 
 今だけは、彼を心から幸せにしてあげたい。 
 
 ……そう自分に、言いわけしながら。 
 抱き合うという行為に、抱き合えるという幸せに。 
 OVERSは長い間、身を沈めていた。 
 
 
若宮康光 
 ――これ、食べる? 
 
 「一緒に仕事」を終え、一休みする若宮に。 
 差し出されたのは、おいしそうなサンドイッチだった。 
 
 若宮は、少しの間、サンドイッチとそれを差し出す手を見つめると、「いただこう」と短く答え。 
 渡されたサンドイッチの面積を、たったの一口で半分にした。 
 
 「……なぜ自分に声をかけた?」 
 「んー、気分転換」 
 
 あっという間に渡したサンドイッチを食べ終え、横に座る同僚の持つサンドイッチを、物欲しそうに見つめる若宮に、少女兵……OVERSこと2番機担当の戦車兵、は、短く答えた。 
 
 もう少し、理由はあった。 
 たび重なる無傷での戦勝のため、仕事に余裕ができていた。 
 続けて四時間も仕事をすると、さすがになにか別のことをしたくなった。 
 外に出ると、スカウトの仕事として走り続ける若宮の姿が見えた。 
 ……自分用に作ってきたサンドイッチを、昼も食べて、夜も食べるのは、なんだか気がすすまなかった。 
 若宮なら「一緒に仕事」は断られたとしても、食べ物はとりあえず喜んでくれそうだった。 
 ……そんな感じに。 
 
 ただ、それらを説明すると失礼にあたりそうだったのと、くわしく説明したところで、きっとあまり聞いてくれないと思ったので、OVERSは短くまとめた。 
 
 ……ふむ、と案の定、どうでもよさそうな返事をし。 
 渡したサンドイッチ、箱の半分にあたる量を食べ終わってもまだ、の持つ、残りのサンドイッチを見つめていたので……特に空腹でもなく、見かねたOVERSが「まだ、食べる?」と聞くと「悪いな」とまったく悪びれる様子もないまま、若宮は残りのサンドイッチを受け取り、あっと言う間にたいらげた。 
 
 ……ここまで、予想通りとは。 
 
 驚くほど想像通りの、綺麗に空っぽになった箱と、満足そうな若宮を見ながら、OVERSは決めた。 
 ……今後あまった食材は、ここに持ってこよう、と。 
 
 
 部署が、仕事が変わらない限り、兵士たちの基本的な行動パターンは変わらない。 
 ……何度か同じことをやるうちに、気がつけば若宮は、一緒に仕事をすることと、差し入れを断らない程度には、との接触を楽しみにするようになっていた。 
 
 戦闘が続いたある日の夜、何度目かもわからない差し入れをし、一緒に座ってサンドイッチをかじっていたとき、ふとOVERSは言った。 
 
 「死なないでよ」 
 「何だ急に」 
 「……だって。 
  これで死なれたら、私もうサンドイッチ食べれなくなるじゃない 
  嫌でも思い出しちゃう」 
 「……おまえが言うか。 
  おまえの戦い方は見てるとこう……なんだ、ひやひやするぞ」 
 「いいのよ、私は。なるべく、できるだけ、犠牲が増えないように計算した結果が……あれなんだから。 
  ……いーい、敵につっこんで死んだりしないでよ、 
  泣くわよ、雰囲気暗くするわよ、支障出るわよ、部隊に」 
 
 ……OVERSはOVERS。 
 自分がそんな暗くなるようなシステムのもとに生きてるわけではないことも、誰かが、あるいは自分が死んだらリセットすればいいと言うことも、知っていた。 
 だからこそ、この世界の人間とは違う、無茶にも見える、計算されつくした戦いができていることも。 
 そして若宮が、決してむやみに命を無駄にする男ではないことも。 
 ……けれどそれでも。それでも、なんだか、言いたくなって。 
 
 自分の頬が熱いことに気をとられ。 
 OVERSは若宮の様子の変化には、いつまでも気づかなかった。 
 
 
 それからまた、少しして。 
 は、調理場で手作り弁当を作った。 
 ……この後も行動する、自分の分だけ、そのつもりだったが。 
 グラウンドで走る、来須と若宮のスカウト二人を見かけ……もののついで、と三人分を作っていた。 
 
 グラウンドに出て、先に来須を捕まえ、弁当を渡す。 
 ……来須は短い返事で、受け取った。 
 
 ――少し笑っているようにも見えた、うん、いいものを見た。 
 
 ……そんなふうに思って若宮を見ると、何故か少し、不機嫌そうで。 
 不思議に思いながらも弁当を渡すと、若宮はその表情のまま言った。 
 
 「自分のだけじゃないのか」 
 
 ……それが、理由か。 
 いくら自分がいつも三人分食べてるとは言え。 
 三人分、全部が自分のと疑わなかったのか、この男は。 
 
 「だって来須くん、見つけたときに渡さないとすぐいなくなっちゃうじゃない」 
 
 若干のあきれ顔でOVERSがそう答えると、納得したようなしてないような顔で、若宮はいつものように座って、さっそく渡された弁当を広げた。 
 
 「おいしくないの?」 
 「……なんだ急に」 
 「だって、いつもより嬉しそうじゃないから」 
  
 ……そうでもない、と小さな返事。 
 ……なんだもう、めんどくさいな、そう思いながらもOVERSもいつものように若宮の隣に座り、自分もまた、弁当を食べる。 
 
 ……うん、おいしい。 
 味のれんのおじさんに、おいしいコロッケの作り方を聞いたかいがあった。 
 これは体力気力も回復するな。……そう思って食べていると、急にはしを止めた若宮が、じっとOVERSを見つめている。 
 
 つられてはしを止め、OVERSが若宮の方を向いたところで……妙に重い声で、若宮は言った。 
 
 「……自分に毎朝弁当を作る気はないか」 
 
 ……何の話だ。 
 しかも今、おいしくなさそうな顔してたじゃないか。 
 さっぱり話がわからない。 
 
 「いや、朝の食費4倍になるじゃない、きついよ」 
 
 そう返すと、若宮はしばらく黙り、顔を赤くし、頭を少しだけ上げてから、その頭を深く深く、沈めた後。 
 なんだかわからない声を出して、ものすごい勢いで走り去った。 
 ……しっかりと空っぽになった弁当箱を、の足もとに残し。 
 
 ……それが告白だったと気がついたのは、来須から空になった弁当箱を渡され、ブータと遊び、の自宅に戻り。さらに翌日、瀬戸口に肩をたたかれ、机の中に若宮からの告白の手紙が入っていた……その後のことだった。 
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