the OG
final stage.



 上下左右から襲い掛かり、そのツメと牙で身をひきさかんと狙う、巨大ネズミ。
 刃を持ち、恐ろしい跳躍力で剣をふるう、骨の兵団。
 壁と見まごわんばかりに配置され、時には自爆してまで、若者の行く手を阻む、ゴーレムの集団。

 そのすきをくぐりぬけ、自身の血で、衣服を赤く染めながらも、若者は進む。
 痛みにひるむその一瞬で、どれほど先に進めるか。
 そのことを、そしてその間、必死で戦う仲間のことを思うと、一秒たりとも立ち止まる気にはなれなかった。

 息を乱し、したたる汗と血をそのまま床に落としながらも、ただひたすらに足を動かし、いくつものゴーレムを従えた、巨大な黒いゴーレムと交戦し……ついに、祭壇の扉までたどりつく。

 若者の記憶、そのままの扉。
 かつて、最後の戦いにのぞみ、そして敗北した場所。
 ……本来、白き竜に認められなければ、扉を開くことすら許されない、神聖な場所のはずだった。

 一瞬、若者の足が止まり、懐かしさと痛み、そして苦い記憶が身体の中をかけめぐった。

 若者は、汗を、張り付いた前髪ごとぬぐう。
 ……感慨にとらわれるのは、全てが終わった後だ。
 自分にそう言い聞かせると、武器を構え、そして、扉に手をかけた。



 神竜の、鏡の間。
 鏡の祭壇。
 かつて、自分の過去を、呪いのかかったその瞬間を目にし、リザリアたちと戦った場所。

 あのときは、自分たちが祭壇のそばに立ち、そこに完成した鏡を狙った、リザリアたちがやって来た。
 しかし、今……。

 扉を開けた訪問者は自分であり、祭壇のそばにたたずんでいたのは……ゾーラだった。

 ……ジェスと、リザリアの姿は、ない。

 ……一瞬、天井から背後まで、周りに目を配ったが、二人の姿は見当たらなかった。

 「どうだい?
  考えを改める気にはなったかい?」

 ゾーラが切れ長の目を細めて尋ねる。
 ……答える代わりに、若者は武器をかまえた。

 「……改める気はない、か。
  つくづく、物分かりが悪いんだね、あんたは。
  ……まあ、いいさ。
  ここまで来てもらったからね、用は済んだ」

 ――……?

 若者は慎重に、様子をうかがう。
 ゾーラはニヤリ、と笑うと、祭壇から、神竜の鏡を取り上げた。

 「あんたの力、もらったよ!」

 ゾーラがそう叫ぶと同時に、鏡は白い光を放ち、若者の視力は光に奪われる。

 そして、光がおさまり、本能的に閉じたまぶたを開くと……
 そこにいたのは、ゾーラと……その横にたたずむ、自分、だった。



 「これで、あんたの力はいただいた。
  もうあんたに用はないよ」

 ゾーラは、そう言ってくすくすと笑う。
 若者は、自分と同じ姿をしたその人物に、目を見はった。

 確かに、鏡にうつった自分と同じ姿。
 そして首からは神竜の鏡を下げ、手には若者と同じ武器を、握っている。

 ……しかし、だからと言って……。
 正門で見た影の記憶が、若者に疑惑を抱かせる。
 あれも、確かに見分けがつかないほどそっくりだったが……本人では、決してない。

 若者の疑念を感じ取ったのか、ゾーラは祭壇に鏡を戻すと、一歩進み出て、若者の正面で目線を合わせた。

 「疑ってるのかい?いいさ、よく見なよ。
  外にいたできそこないの、同じ動きしかできない影とは違うんだよ。
  ちゃんと影もあるし、透けてもいない。
  おまけに、あんたと同じ力も使えるのさ」

 そうゾーラが言うと、若者のコピーは、鏡から若草色の光を生み出し、若者に向かい、投げつけた。
 とっさに身をそらしたが、光は若者の髪を揺らし、開いた扉の枠にぶつかり、軽い爆発を残して消える。
 若者の頬に、しびれに似た痛みが走った。

 「……わかったかい?これで、あんたは用なしだ。
  ……そんなあんたが、リザリア様の仲間になるなど、図々しい。
  外にいる仲間ともども、今度こそここで、死んでもらうよ!」

 ゾーラの指先から、炎が生まれる。
 それと同時に、背後の扉が、音を立てて閉まった。

 ……ここが、決戦の場所。

 若者はそう呟き、二つの敵に向かい、武器をかまえる。
 こめかみから流れ落ちる汗は、緊張のためだ、そう自分に言い聞かせて。



 ゾーラの操る、炎。
 そして自分のコピーが操る、緑色の光。

 閉じられた空間の中、前後左右に足を動かし、それらの攻撃を必死でかわす。
 時には武器を使い、時には鏡の力を使い。
 そして一瞬の隙を見ては、鏡の力で攻撃する。

 ――……確かに、数の上ではこちらが不利だ。

 攻撃をしながら、若者は状況を分析する。

 ――もしもあのコピーが、本当に自分の持つ鏡の力まで、
   すべて得ているとしたら……。

 同じ力ならば、あちらにはゾーラが、そして姿を見せないジェスとリザリアがいる分、不利、と言えるだろう。

 ……しかし。

 もし、あのコピーが、自分の持つ、鏡の力まで……不死と回復の恩恵までは、得ていないとしたら?
 そもそも、そんなに簡単に、鏡の力を得られるのなら……最初から、自分を勧誘するとも、思えない。

 ……それならば。

 多少の危険をもってしても、試してみる価値はある、若者はそう決めて、コピーに狙いを定めた。
 自分が標的となったことを悟ったコピーは、鏡の光で応戦するが……若者はその光に、自らの鏡の生み出す光をぶつけて相殺し、一気に距離をつめる。
 慌てたコピーは、とっさに後ろに飛ぼうとしたが……祭壇とは言え、それほど大きな部屋ではない。
 壁につきあたり、逃げ場をなくす。

 その一瞬を狙い、若者は武器をふるい、コピーの、肌が露出した部分を切り裂いた。
 手ごたえはあり、コピーの肌から、赤い血が落ちる。
 流血したとは言え、小さな切り傷。
 ……もし本当に若者の持つ鏡の力ならば、一瞬でふさがり、見えなくなる傷だ。

 しかし、一瞬動きを止めた若者に向けたゾーラの炎に、若者が飛びのき、体勢を立て直した後でも、コピーのその傷からは、血が流れ落ちていた。

 ――やはり!

 あのコピーがどういう形であるにせよ、鏡の持つ恩恵、全てを受けているわけではない。
 それならば、彼らの持つ不死を無効化でき、不死の恩恵を受ける自分が……有利だ!

 勝機が見えた気がして、若者の気が、ほんの少しゆるむ。
 だが、そのわずかなゆるみが、命取りとなった。

 若者の視界の端に、小さな黒い影が現れ、瞬時に人の形をしたかと思うと――若者の胸を、一筋の剣閃が切り裂いていた。



 「うあ!」

 無意識に、声を上げる。
 首と鏡をつなぐ、一本の紐。
 身とともにそれが切り裂かれ、鏡が飛びそうになり、とっさに、手を出して、鏡をつかんだ。
 だが、それに気をとられた瞬間、今度は足に燃えるような痛みが走る。

 ……気がついたとき、若者は、床にひざと顔をつけていた。

 ……視界には入らずとも、足の傷が、癒されていく感覚はわかる。
 どうやら、足を深く切られ、うつぶせに床に倒れてしまったらしい。

 「ぐっ!」

 ……次は背中に、痛みが走った。
 それでも無理やり手足に力を込め、立ち上がろうとするが、背中が治りきらないうちに足、手、と剣で切り裂かれ、身動きが取れない。

 「……愚かな。不死の力を得れば、無敵になるとでも……
  私に勝てると、思っていたのか?」

 その激しい剣筋とは裏腹な、静かな声。
 ……リザリアの、声だ。
 一瞬見えた黒い影がリザリアであったこと、そして、今現在、若者の視界の届かぬ場所からこの身を刻んでいるのがリザリアの剣であることを、揺れる意識の中で若者は理解した。

 「……ゾーラ、ジェス、おまえたちもだ。
  自分たちに任せれば、この者の心を打ち砕き、
  鏡を得ることができる。
  ……そう言ったのではなかったか?」

 見えなくても、リザリアが二人の部下をにらみ、それに二人が脅えたのがわかる。

 ――……そうか、あのコピーは、ジェスか……。

 若者は痛みの感覚にほとんど奪われた意識の残りで、ぼんやりとそう思った。

 「も、申し訳ありません……」

 ――……なるほど、コピーを作り、不利と思わせ、それから自分たちに優位に取引するか、もしくは弱気になったすきをついて、鏡を奪い取る腹だったか。
 ……ならばせめて、正門ではもう少し別な戦法をとるべきだったろう。

 正気を保つため、若者が状況の分析に思いを向ける。
 だが、

 「……まあ、よい。
  結果的に鏡を奪えれば、それでいいのだからな……」

 それすら拒むように、リザリアの休みない剣筋が、いっそう激しさを増した。

 「ぐあ!」

 これ以上ないと思っていた痛みが強さを増し、食いしばっていた歯が勝手に開いて、声がもれた。
 かろうじて残っていた視界が、意識が、暗い色に染まり、鏡を握る手が、制御しようがないほど震えていく。

 ――……まずい。

 リザリアに斬られた傷から、血とともに、弱気が若者の内からあふれ出る。
 敗北したあの時の記憶、痛み、恐怖、絶望……流れ落ちた血の代わりに、それらが全身を駆け巡っている、そんな気すらし始めた。

 「……鏡をはなせ」

 言葉とともに、一瞬、剣が止まる。
 低い静かな声が耳から入り込み……思わず、ひきこまれそうになった。

 「……いや、だ」

 それでも否定すると、再び若者の身体に剣が振り下ろされた。

 「っ!」

 「……まだ、痛みが足りぬか」

 言葉を放ちながらも、休むことなく斬りつけられる。
 ……いっそ感覚がなくなった方が、とも思うが、鏡の力は、こんな状況でも確実に作用し、感覚も身体も、正常に保つ。

 ……身体を切られる、それと同時に、心まで切り刻まれる。

 ダメだ、負けるな、そう叫ぶ自分の内側の声すら、痛みと寒さにのみこまれ、少しずつ少しずつ、遠くなっていく。

 「……もう、よかろう」

 ほとんどの声が遠くなった矢先、そんな声が、静かに響いた。
 剣は若者の身体を床に打ちつけて止まり、そこ以外に新しい痛みはないが、床にはりつけとなっては身動きが取れず、剣を抜こうにも、無数の傷で弱った手足、冷えた身体も、そう簡単には機能を回復しそうにない。

 「……おまえは、よくやった。……もう、よかろう。
  この姿を見れば、誰もおまえを責めはせぬ。
  ……楽になれ。鏡を、わたせ」

 ――そう、だろうか……。

 剣が刺さった箇所から、血だまりが床に広がり、鏡を握る、手がゆるむ。

 ――……誰も、責めないだろうか。本当、に……?

 剣の冷たさが、身体の中に広がり、身の内側をさらに冷やす。
 その寒さに誘われるように、ゆっくり、ゆっくりと、指から力が抜けていく。

 ――……楽に、なれる……?

 指がはがれ、小さな薄桃色の鏡が、少しずつ、空気に触れる。

 その、ときだ。

 ――!

 どこか遠いところで、誰かの声が聞こえた。

 ――……だれ……?

 若者は、目線を動かし、手の中の鏡をのぞきこむ。
 ……そこには、正門の光景が、映っていた。



 正門で、魔物と戦う仲間たち。
 しかし、どれほど攻撃し、その身を地に倒したところで、魔物は再びよみがえり、襲いかかる。
 それでも、必死で戦っていたのだろう。
 仲間たちの衣服は魔物や自身の血で汚れ、ところどころ切り裂かれた箇所からは、はれた痛ましい肌が、露出している。
 ……もう、ぼろぼろだ。

 「……きりがない!」

 そう不満をもらしたのは、仲間の中心となっていた、あの人物。
 倒しても倒しても減らない魔物に、苛立ちがつのっているのが、遠目にもわかる。

 「回復薬も尽きて……このままじゃ……!」

 「大丈夫だ!」

 人物の続く言葉をさえぎり、声を上げたのは……アルターだ。
 赤いマントがさけ、ほほをはらし、皆の中でもとりわけ傷ついているように見える。
 ……にもかかわらず、彼の言葉に、表情に、迷いはない。

 「何が!」

 言葉をさえぎられた人物が尋ね返すと、アルターは、先ほどよりもいっそう大きな声で答えた。

 「あいつが絶対なんとかしてくれる!だから、大丈夫だ!」

 ――……!

 声を上げたアルターに、魔物が狙いをさだめ、襲いかかる。

 「うおっ!」

 アルターが叫ぶが速いか、魔物のそのわずかな隙間を、長く鋭い光が通り過ぎた。
 光に押された魔物は、そのまま正門の壁に激突する。
 ……そこにすかさず、幾本もの矢が放たれ、魔物を壁にうちつけた。

 身動きの取れなくなった魔物が、なんとか自由になろうとするが、矢はそう簡単には外れそうにない。

 「おお、助かったぜ、サンキュ!」

 アルターが振り返り、礼を言う。
 その先にいるのは……マーロと、ラケルだ。

 「……ったく、少しはまともなこと言ったと思ったら、これだからな」

 そうため息をついたのはマーロだ。
 いつもかぶっていたフードも引き裂かれ、息を切らし、自身も決して平気そうでないのに、口が減らない。
 アルターはなんだよ、と口をとがらせる。

 「……でも、悪くないぜ、さっきの。
  ……あいつががんばってるのに、
  おれたちがふんばらないわけには、いかないからな」

 マーロの唇に、ほんの少し笑みが宿った。
 横にいるラケルも、それに続いてうなずいた。

 「……そうだよ。
  確かに、不死の魔物かもしれないけど、
  倒せなくても、動きを止める方法なら、いくらだってある。
  だから、全部の魔物を止めて、早くあの人を助けに行こうよ!
  そのためならぼく、いくらだって矢を射るから!」

 ラケルはそう言って、再び、門に向けて弓をかまえる。

 そこに、魔物の軍団の中から、二つの影が飛び出した。
 ……紅色と、緑色の頭。リュッタと、ルーだ。

 二人は、何かを床にばらまく。
 ……薬のビン。
 傷を癒し、精神の力を補充する、回復薬。

 山と盛られたそれを背に、二人は、明るく笑う。

 「だいじょうぶだよ!
  回復アイテムなら、おいらたちがいくらでも魔物から盗んでくるから!
  それにおいら、いくらでも踊れるよ!
  だから、平気だよ!」

 そう言って、リュッタはステップを踏んだ。

 「そうだよ、あきらめないで!
  もしあの人が勝っても、あたしたちがいなかったら、ダメじゃない!
  せっかく勝って帰ってきても、待ってる人がいなかったら、
  そんなの絶対、さびしすぎるよ!」

 ルーがこぶしを握る。

 ――……。

 若者の震えが、弱くなる。
 冷えた体に、響く心音が、強く、なった気がした。

 「そうです!」

 そこに、ひときわ大きな声が響いた。
 仲間の中でも、一番大柄な身体の……シェリクだ。

 「弱気になってはいけません!
  あの方は、今も私たちを守るために戦っていますし、
  それに、いつ交代を申し出られるか、わからないのですよ!

  その時に、傷つき、助けを求めに来た時に、
  力つきていて何もできない、では意味がないではないですか!」

 襲いかかる魔物を、拳で払い、倒しながらも、力強く、揺るがない声をあげる。
 ……その直後だった。
 シェリクに賛同するように、歌が流れたのは。

 一瞬、場の空気が戸惑い、動きが鈍ったそのスキに、歌は光となり、魔物たちにまとわりつく。

 魔物たちの目の色が変わったかと思うと、何割かが同士討ちを始め、魔物の群れが混乱する。
 驚きの声と共に、仲間たちの視線が歌声の方向に、集中する。

 その先には、ミーユが微笑んでいた。
 ……服や顔は無傷ではないが、その微笑みは、いつもと同じだ。

 「……私としたことが、とんだ不覚をとったものです。
  今、私たちにできることは、魔物たちを無理に倒すことではなく……
  その動きを、食い止め、中に入る方法を探すことだと……
  それに気づくのが、こんなに遅れてしまうとは。
  ……それならば、いくらでも方法がありますね。
  ……そうですよね」

 ミーユがそう、声をかける。
 その言葉に応え、足を踏み出したのは……ユーンだった。

 「……ええ、同じ魔物なら、かえって好都合だわ。
  どの魔物にどの魔法が効果的か、考えて選ぶ必要もないもの」

 剣を構え、唇で呪文をつむぐ。
 手から満ちた光が、剣に移り、激しく赤い輝きを放つ。
 そして、輝く剣を振るうと、赤い光は魔物たちを覆い、その動きが、目に見えて鈍くなった。

 「……わたし、許さないわ」

 ユーンは、顔を上げて、声を絞りだす。
 その瞳には、激しい感情の色が宿っている。

 「ラケルの母さんや、カリンのおばあさんの姿を
  あんなふうに使って……
  そのうえ、卑劣な罠であの人を引き離して傷つけるなんて!
  同じエルフとしても、絶対許さないんだから!」

 「同感ね」

 一声残し、鈍くなった魔物の群れに、二つの影が飛び込み、武器を振るった。
 飛び交う斬撃。
 その斬撃に押され、ヒザを折った魔物に、無数の氷が突き刺さった。

 レティルとデューイの攻撃に、カリンが魔法で援護したのだ。
 レティルたちは魔物の群れから飛びのくと、ユーンの横に並んだ。

 「……人の大事な思い出を、
  人が誰かを大事に思うその気持ちを、利用するなんて……許せない。
  だから、こんなところで負けて、あきらめてなんていられないわ!
  絶対ここを乗り越えて、あの人のところまで行ってやるのよ!」

 レティルが再び、剣を構える。
 それに続くように、デューイが槍を構えなおした。

 「……ええ、証明してあげましょう。
  人が人を思う気持ちが、どれほど強く、尊いものか。
  このような魔物ごときで、
  私たちがあきらめると思ったら、大間違いです!」

 たびかさなる連携、そしてその意志の強い瞳に、魔物たちの隊列が揺らぐ。
 その揺らぎを更に強めるように、仲間たちを光が覆った。
 腫れて赤く染まった肉が、裂けた傷が、一瞬で正常に戻る。

 カリンの、回復魔法だ。
 カリンは首飾りに手をかけながら、仲間に向かって精一杯、笑ってみせた。

 「私には、こんなことしかできませんが……
  それでも、まだやれます!どんな傷でも、治してみせます!
  だから、お願いです!
  どうか、あきらめないでください!」

 仲間たちの目、その意志に、最初に弱音をもらした人物が、圧倒されたように、目を見開く。

 その背中を、ばんと叩くものがいた。
 叩かれた人物は驚き、背中に目を向ける。
 ……その先には、武器を肩に乗せ、笑うロッドがいた。

 「……な、わかったろ。
  こいつらみんな、まだあきらめてない。
  だから、大丈夫、なんとかなるさ。

  道は、やり方は一つじゃねえ。
  みんな、それを知っていて、それぞれできること、必死で考えてる。
  ……同じだ、きっと、あいつも。

  だから、もう、弱音なんてはくな。
  ……そんなもん、必要ねえんだ。負けるわけ、ないんだからよ!」

 そう告げて、いつものように顔を上げて、思いっきり笑い、魔物に向かって、斧をふるう。
 足を止め、ロッドの背中から目をそらせない人物の肩に、手が置かれる。
 人物が肩ごしに振り返ると、そこには静かにたたずむ、レラがいた。

 「そうよ。私たちの力はまだ、こんなものじゃない。
  だから、この程度で負けたりしない。
  あの人だって、そうよ。……約束したもの。
  絶対に、死なないって。
  ……約束を、破るような人じゃないわ。そうでしょう?」



 鏡の、向こうの人物。
 その人物と、自分の姿が、若者の中で、重なる。

 ……そう、だ。
 何を負けそうになっているんだ、自分は。

 こんなにも大事な仲間がいるのに。
 こんなにも、みんなは自分を、信じて、助けて……戦って、くれているのに。

 それなのに、痛みに負けて。
 仲間の信頼を、裏切って。
 ……それなのに、もう、いい?
 それで、楽になれる?

 ……そんな、わけがない!

 鏡ごと、強く拳を握る。
 ……震えはもう、止まっていた。

 あの時も、失くした、手放した。
 最後の最後で、あきらめた。
 ……そんな愚かで弱い自分を、助けてくれた。
 みんなも、チビドラも……何度も、何度も。

 それなのに……!

 ……負ける、ものか。
 あきらめる、ものか。

 何があろうと、死なない。
 何があろうと、どんな手を使おうと、今度こそ……
 ……勝つと、決めたんだ!

 若者が首を上げ、再び鏡を強くつかみなおすと、リザリアは呆れたようにつぶやいた。

 「……まだ手ばなさぬか。
  ならば、仕方あるまい」

 そう言うと、若者の背中から剣を引き抜く。
 一瞬、若者の口から、苦痛のうめきがもれた。
 リザリアは血の滴るその剣を、高くかかげる。

 「その拳ごと、手ばなしてもらうとしよう!」

 ……言葉が終わるや否や、リザリアの剣が、若者の手首に向かい、振り下ろされた。

 ――今、だ!

 若者はかろうじて動く手で、鏡から氷の槍を生み出し、そのまま、リザリアに向けて放った。



 一気に、手首を切り落とすつもりだったのだろう。
 そして、若者の下に広がる血だまりを、過信したのかもしれない。
 若者の手首のみに集中していたリザリアは、鏡から生まれた氷の槍を正面から受けた。

 「リザリア様!」

 ゾーラの声が、乱れる鼓膜に一瞬響き、そして、足音とともに遠ざかる。
 ……うまく、氷の槍は、若者からリザリアを、ひきはがしてくれたらしい。

 そして、自由と、ほんの少しの、時間さえあれば……。

 「きさま!」

 ジェスが、若者と同じ姿をまとったまま、光で攻撃をしかけてきた。
 若者は、鏡の光で、それを受け止め、床を転がる。

 ……転がったまま、扉のそばまでたどりついた時には、既に、両足の機能は、回復していた。

 立ち上がり、汚れ、やぶれた衣服をたらしたまま、再び鏡と武器を、かまえなおす。
 リザリアに刺さった氷の槍が、まだ消えてない今、相手の動きは、鈍い。
 このチャンスは、逃せない!

 焦る気持ちを押さえ、慎重に、レラに教えられたとおり、もっとも強く鏡の力を引き出す手順をふむ。
 もう少し、もう少し……。

 「そうは、させるか!」

 ――何かをしようとしているのはわかったらしい。
 ジェスが、若者に向かい、つっこんでくる。

 ……ダメだ、まだ、時間が足りない!

 広くはない部屋。
 このまま襲われれば、自分が力を呼び出す前に攻撃を受ける。
 何か手はないか、若者は考えをめぐらせる。
 その時、ある仲間の言葉が、頭の中で響いた。


 ――仲間はあなたに守られるだけのものではなく、ともに戦う力――

 ――人の目とは、存外あてにならないものですよ――


 ……それは、とっさの判断だった。
 若者は、服からコインを取り出し、ジェスに投げつけた。
 もう一枚の、神竜の鏡。
 リザリアが今の今まで手に入れようとしたその鏡と見間違い、ジェスの注意がそれ、迷いが生じる。

 その一瞬を使い、若者は、最後の手順を完成させ、鏡を、高くかかげた。

 鏡から、激しい光があふれ出す。

 それはまるで雷のように太く、まぶしく、祭壇を越え、城を抜け、天をつくほどのものだった。



 あふれた光は、正門前にいた仲間たちの目をも焼き――光がおさまったとき、正門に、あれほどひしめいていた魔物たちは、消えていた。

 残っていたのは、ひび割れた城門、壁に突き刺さった無数の矢に、床に突き刺さった短刀の数々。
 ……戦いが現実だったことを示す、痕跡だけだ。

 仲間たちは喜びもそこそこに、門の中へ向かう。
 ……無事な若者の姿を見るまでは、安心できなかった。

 しかし、途中の通路は大きな氷でふさがれ、そのすきまからうっすら見える白い床の上には、血の痕が点々と落ちていた。
 焦る気持ち、不安を抑え、魔法を使える者は炎を生み、力の強い仲間は溶け崩れた氷のカケラをどかし……やっと人が横ばいになって通れるだけのすきまができたのは、それから一時間後のことだった。

 一人一人、すきまを抜け、周辺を確かめながら、手分けして、若者の姿を捜す。
 仲間の中には、何度か城を訪れた者もいたが、それでも広く、入りくんだ城のこと。
 なかなか効率は上がらず、頼りにしていた赤い血の痕も、赤いじゅうたんの模様の上で同化してしまい、道しるべとしては、あまり役に立たなかった。

 それでも城の最深部、鏡の祭られていた祭壇までたどりついたが……何故か、扉は開かない。
 城内を捜しまわり、遅れてたどりついた仲間も、ここしかないという結論に達し、解錠の技能や、封印を解除する魔法を幾重にも使ったが、何ともならず……結局最後には、戦士系の仲間数人が力づくで開くこととなった。

 そして、やっと開いた扉の先には……神竜の鏡が祭られた祭壇と、かつて若者とこの国の過去を映した、大きな石のスクリーン。そのそばに、縛られ、ぐったりと瞳を閉じた、リザリアたち三名。

 ……そして、祭壇の前の大きな血だまりの上に、ぼろ布のような若者のマントを手にした、一匹のかえるが立ちつくしていた。

 仲間たちは、一斉にかえるに駆け寄る。

 「そんな……ウソでしょ?」

 「魔法の効力が切れた……!?
  ……間に合わなかったって言うのか!?そんな……!」

 床に頭をつかんばかりの勢いで、かえるを見つめ、口々に嘆きの言葉を吐く。
 皆に見つめられ、焦ったような顔をしたかえるは、少し動きを止めた後、マントを持ったまま、てけてけと駆け出した。

 「お、おい、待て!」

 「待ってください!私たちは味方です!」

 祭壇から廊下に抜け、マントを抱いたかえるを、仲間たちはどたばたと追い回す。
 そんな仲間たちをよそに、チビドラはパタパタと羽を揺らし、鏡の祭壇のへりに、静かに着地した。

 祭壇の影。
 入口からは見えないその角度に、若者はもたれかかり、すやすやと寝息を立てている。
 全身が赤黒い血にまみれ、防具や衣服もボロボロで。
 だが、その顔は子供のように安らかで、手には、チビドラの鏡と、お守りのコインを、しっかりと握りしめていた。

 ……未だ若者の仲間たちは、あのマントを持ったかえるを――皆が若者を捜し、城内をさまよっている間に、荷袋から抜け出し、チビドラとともに一番にここに駆けつけて扉を開けた……かつての若者の同居人のかえるを、呪いのかかった若者と思い、追い回している。

 チビドラとかえるとしては、傷ついた若者をもう少し休ませてあげたくて、それで扉を閉めたのだが……この騒ぎだ。若者が目を覚ますのも、そう先のことではないだろう。

 ――それでも、せめて、ぎりぎりまでは……

 ……自らの鏡の力で、戦いの様子を知っていたチビドラは、若者がどれほどの苦痛を受けたか、そして、それに耐え抜き、立ち上がったかを知っている。

 ――よく、がんばったね。

 チビドラは、若者がいつもしてくれるように、若者のおでこに手をあて、優しくなでた。
 若者の唇が、それに応えるように、自然と笑みの形を浮かべた。



 ……こうして、戦いは終わった。

 若者が目覚め、地下牢より元の城の住人を解放した後、白き竜はよみがえり、若者も呪いより解放された。
 鏡は正しき力を取り戻し、世界は青い空を、そして自由を取り戻す。

 その後の、チビドラの鏡については、諸説ある。

 若者とともに新しい国を作ったとも、今でもフロスティの城で守られているとも、若者を最後まで信じ、助けた仲間たちの手に渡ったとも、言われている。

 ……ただ、一つ、その鏡について、今も残されている、逸話がある。

 自分の部屋で、見知らぬ、丸い薄桃の鏡を見つけた場合……決して、好奇心でのぞいてはならない。

 その鏡の中には、若者の戦いの記録が、そのまま残されていて……うかつにのぞきこむと、鏡の力を抱き、無数の魔物と、そして今は伝説となった、暗黒の王とダークエルフと、戦うことになってしまうのだそうだ。

 それも、気を失い、あきらめるまで、延々と。

 ……のぞきこむのであれば、固い決意を持つべきである、と。

――fin


(以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。)

 ……おまけゲームのノベライズ化、をコンセプトとした話です。
 「to be continued」を書いた後、つづくにした以上、一応完結した方がいいかなーとそれだけで書き始め、それぞれのステージの間に入るデモシーン……と言うイメージだったものの、気がついたらいろいろアレンジも加わって、ずいぶん長くなってました。
 明らかに題材が反則気味だし、どうしても自分の好む主人公カラーと言うか、割と主人公の性格が出てしまっているので、微妙かな、と思って出すかどうか悩んだのですが、せっかく書いたし、サイトの二周年のお祭だし、とノリに便乗して発表してみました。
 ちなみに話中の油とガラスのマジックは某でん○ろう氏のものです。ちょうど考えていたときに、たまたまテレビでこのマジックをしていたので、題材としてお借りさせていただきました。
 あくまでノリでできたものですが、ちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいな、と呟きつつ。
 長い話にお付き合い、ありがとうございました。


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