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in THE LOOP
見慣れた天井と、見慣れた部屋。身に慣れた、ベッドマットやシーツの感触。
……いつもの目覚め。
そのいつも、と違うことと言えば。
私の斜め上で。
ミン……沙明が、おそらく初めて見る寝顔で、盛大な寝息を立てていることだけだ。
私は、まだはっきりとしない意識のままで起き上がり、思った。
(……ループ、してない)
ループすれば、すべてはなかったことになる。
死んでも、体のどこかがなくなっても。
ループすれば、もとに戻って、五体満足、元どおり。
……残るのは、私の記憶、ただそれだけ。
意図せずして巻き込まれた、時間のループ。
その中で否応なく覚えた、ループの法則を、頭の中で繰り返す。
忘れないため、そしてその法則を理解して。
……今の状況を整理し、理解し……落ちつくために。
ここは宇宙船D.Q.O。
人類の脅威の一つ、グノーシア汚染者が発生し。
その汚染者を探すため、話し合いを繰り返す。
グノーシアが発見されればコールドスリープ。
発見されず、乗員が減り、グノーシア汚染者が乗員の半分を越えたとき。
この宇宙船は、グノーシアの物となる。
……そして私は、その時間のループを、幾度となく繰り返している。
ループの発動は、私には選べない。
死んだら、あるいはグノーシア全員がコールドスリープされたら、まちがいなくループの「はじめ」に戻る。
……わかっているのは、それだけで。
けれど私は今、生きていて。
……まだ、ループはしていない。
(……途中、あるいは、寝てる間にグノーシアに襲われ、ループしてる……それも、覚悟してたけど……)
一息ついて、立ち上がり。足を運び、水を飲む。
今回の彼……そこで寝てる沙明は、グノーシア。
グノーシアと人間が同数、あるいは人間がそれ以下になった時点で、グノーシアは人を襲う。……そういう習性があるのが、グノーシア。
けれど、今。その条件のもと、このグノーシアは……私を襲うことなく、すっかり眠りに落ちている。
……繰り返したループで、知っている。
グノーシアとて、一枚岩……全部が『同じ』なわけではない。
グノーシア化しても、生き残った人間を襲わず、まとめて閉じ込めた、そんな人もいたし。
船をのっとり、なお人間を残していたグノーシアもいた。
習性は『ある』……けれど『絶対』ではない。
そしてこの沙明は、昨日。乗員だったコメットの体からあふれ出て、無差別に襲いかかった、致死の粘菌から逃れるため。二人で一つのコールドスリープ装置に入り……二人きりになった、あのときも。私を襲わず、グノーシアの自分だけは、コールドスリープを解かなくていい、そう言った。
単に汚染度合が弱かった、あるいは、沙明の度を越えた女好きの心、もったいないと思う気持ちが、グノーシアの汚染支配にすら勝った、ただそれだけのことかもしれない。しれないけれど。
……それでも、私は、感じてしまった。
信じがたく、悔しさすらあるけれど。……それでも、私は。
沙明に、好意を。
…………。
自分の顔が熱く、赤くなったのを感じた。落ち着くため、これ以上の弱みを見せたくなくて始めた現状の把握は、かえって逆効果だったようで。いっそ今、ループして逃げたい気もするが、そもそも私の意思を無視して起こるループは、今回も発動してくれず。しかたなく、なんとかこの熱さをしずめようと……ミンが起きたときに弱みを見せまいと、抵抗することに集中する。
だから、気づかなかった。
自分の……私の背後に、近づいていた影のことに。
「っ!?」
急に後ろから抱きつかれ、思わず声が出た。
「……おい、勝手にどっか行くなよ。……いなくなったかと思ったじゃねぇか」
見えない位置から聞こえる、沙明の声。
その声色が、少しさびしそうで、妙に甘く感じて。
「……飲んでただけ、水」
落ち着かず、なんならさらにひどくなった動揺を悟られたくなくて。
妙に短い返事になった。
ループすれば、すべてはなかったことになる。
死んでも、体のどこかがなくなっても。
ループすれば、もとに戻って、五体満足、元どおり。
残るのは、私の記憶。
……記憶は、残る。
「アーもう! 何だよコレ!
色々と台無しじゃねェか!
終わり終わり!もう寝る!
俺、コールドスリープするからな、起こすなよ!」
「……待って、沙明」
「……ンだよ、シュナ」
「お願い……頼みがあるの」
「ああン?……それ聞いたら、一晩つきあってくれるとでも言うのかよ」
「……わかった、それでいい」
「…………なンだよ、頼みって」
単純な二択。
いつ、ループが起こるかわからない状態で。
起こらないかもしれない、だけど、起こるかもしれない「何か」。
その何かが起こる、その記憶が、ループしても、私に残る。……そうだとしたら。
「しかしよ……まさかシュナが、コールドスリープする前に、ジョナス処分してって言ってくるとは思わんかったわ」
「さすがに……これからあれと二人よりは……ミンの方が、マシかなって」
「……おかげでほぼ全滅だしなぁ、逆にグノースに送んのさえちょっと拒否感あったわ、あのオッサン」
ジョナスも、いつもああではない……とは思う。
今までのループで知ったように、ここまでの運命がずれ、経験した出来事が変われば……性格や人格が、変わることもある。
ましてや今は、グノーシア騒動のただなかで。
ストレスは強くなり、誰とて、グノーシアにならずとも……人格や態度が変わっても、しかたない。
だから今回のジョナスの姿が、ジョナスの可能性のすべて、ではない……はずだ。
けれど、とにかく今回。ここにいたのは。
コールドスリープしたコメットを……うら若き薄着の少女を、自分の欲望のために装置から出した、ほぼ裸のジョナス。
粘菌から私を助け、グノーシアと告白。私を救い、自分だけがコールドスリープすることを選んだ、ミン……沙明。
……もし今、「何か」があるのだとすれば。
私は、今、私が好意を抱いている……ミンが、よかった。
「……でよォ、シュナ」
「なに? ミン」
「……式、いつにする?」
「……式って……何の?」
「結婚式」
「……は?」
「あー、お前そういうのない場所の出身だっけ?」
「いや、わかるけど……いやいやいやいやコールドスリープしなさいよ、グノーシアでしょ?ちゃんとしたでしょ、何回も!」
「いやまあ、俺だってそのつもりだったんだぜ?冥土の土産、人生のラストに、マイエンジェルシュナと一夜の思い出を……って。それが思いのほかよかったんだわ、なんつーかマジ……人生イチ?あーこれ、コールドスリープするの嫌だわーってなってよ」
「……仮に!仮にそうだとしても!結婚とか式とかは無理でしょ。グノーシアでしょ。せいぜい次の惑星到着ギリまでコールドスリープしない、ぐらいでしょ、現実的に」
「愛に種族とか関係ないと思わねぇ?」
「グノーシアは種族じゃないし、グノーシアってバレたら船ごと自爆よ?コールドスリープするって言ったのそっちでしょ?しなさいよ、いさぎよく!」
「おいおい、そう興奮して正論で詰めんなよ。……また興奮してきたじゃねーの」
「ちょっだから……抱きつくな、押し倒すな、話を……はーなーしーを聞けえええーーっ!」
===LOOP===
…………………………。
…………。
心音と、顔と体の熱さが落ち着くまで。
しばらくの時間と、幾度もの深呼吸を……要した。
ループすれば、すべてはなかったことになる。
死んでも、体のどこかがなくなっても。
ループすれば、もとに戻って、五体満足、元どおり。
……残るのは、私の記憶、ただそれだけ。
そして、ループで過ごした、乗員たちの記憶も、ゼロになる。
共にループの中にあるセツ以外、初対面であることは変わりない。
まして私は、ここに来るまでの記憶がゼロの、記憶喪失。
仮にここまでの運命が変わり、ここに来る前、乗員たちと初対面ではない、何かの関係があったとしても。
……私からしたら、なかったことだ。
仮にどれだけ、愛し合っていても、仮にどれだけ、憎みあっていても。
すべては……なかったこと。
「よォ」
「……ああ、あなたは……たしか、沙明」
(この沙明とはほぼ初対面、だからこの返事で……あってる、はず)
「……なぁ、シュナ。ちょっと聞きたいんだけどよ」
「なに?」
「俺ら、どっかで会ったことねェ?」
「……え?」
「いやなんつーか……狭いとことか、どっかで……覚えがある……気がして、ならねぇんだけど。……マジな話」
「…………」
すべては……なかったこと。
…………だよね?
――fin
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あとがき
・「国民粘菌」見て、わー!となった衝動で書きあげました。あと沙明(シャー・ミン)へのミン呼びを女主人公にさせてみたかった。すべては衝動。
・この話のループのタイミングはゲーム設定と違うかな?とも思いましたが、終了条件を満たしました、でもループ最後のイベントによっては、ちょっとぐらいの猶予があったりもしたので、そこらへん考えるとありっちゃあり……かも?……とも思ってます。
・ゲームの『ループしても少しずつ親密度とか友好度、好感度的なものは引き継がれる』な設定も意識しました。
・個人的にはループした途端、そのループ宇宙から主人公と共に主人公に関する記憶が消えててほしい。恋愛イベント発生させたキャラが悲しいから。恋愛イベント関連が発生したときだけでいいから……!
・注意事項にも書きましたが、ジョナスファンにはごめんなさい。
・おつきあい、ありがとうございました。
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