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交神の儀にまつわる伝承 
 
「――で、いったい何が望みなんだい?」 
 
 ……交神の儀と呼ばれる行為を終え。 
 薄暗い社の中、男はそう声をかけた。 
 
 問われた相手。同じ部屋の中、男に背を向け、くしで静かに髪をすいていた女は……くしを置き、男の方を向くと、微笑み、こう言った。 
 
「……望みは、もう叶いました」
  
 
 
 京の都に住む、ある一族。 
 
 通常の人間の数十倍もの速度で成長し、二年あまりで寿命をむかえる、短命の呪い。 
 そして人との間に子を成すことができない、種絶の呪い。 
 その二つの呪いを解くため、呪いをかけた朱点童子の打倒を悲願とし。 
 戦い続けるその一族には、いくつかの掟があった。 
 
 ひとつ、一族に生まれ、成人をむかえた者は、「交神の儀」により、神との間に、必ず一人以上の子を残すこと。 
 ひとつ、「交神の儀」の相手となる神は、「交神の儀」を行う当人が、自由に選ぶこと――。 
 
 果たしてその掟がいつできたものかはわからないし、実際に選択の権限を持つのは、一族の長たる当主。そして「交神の儀」と言っても、無条件でできるものではなく――周りや自分の能力に気をつかい、当初とは予定を変えた者も、また、必要なものがそろわなかったがため、意中の相手が選べず、涙をのんだ者も、決して少なくはない。 
 
 だが、長い戦いと努力を経て、神々の力を得た一族は、強く、そしてずいぶんと豊かになっていたことから……現在はそういった点で、不自由を強いられることはなく。 
 一族に生まれた子には、成人をむかえる少し前に「交神の儀」を行える相手の能力値、そしてその姿を記したものが、当主より手渡され。本人の好きに選ぶのが長い間、ならわしとなっていたが――あるとき、成人を前にした娘が、選んだ相手というのが……「朱星ノ皇子」であった。 
 
 ……朱星ノ皇子は、天界に住む神々の間でも、異端の存在。 
 確かにその能力値は、天界随一と言ってよいほど優秀であるが……性格に難があり、一族そのものにとっても、因縁浅からぬ相手……ありていに言ってしまえば、現在は戦ってはいないとは言え、一族の仇敵、朱点童子その人である。
  
 その特殊な事情ゆえ、娘が朱星ノ皇子を選んだと知った一族の者たちは、全力で説得を試みたが……本人は頑として譲らず、結局、その代の女当主が「交神の儀を行うそのときまで、気持ちが変わらなければ、その願いを聞き届けましょう」と、場をおさめる形となった。 
 
 しかし、とうとうその娘の気持ちは変わらぬまま――成人をむかえた娘の交神の儀が、おこなわれることとなり……その相手として、朱星ノ皇子は選ばれたのである。 
 
 そして、交神の儀の前の晩。 
 
 一族の住む家でも、一番静かで落ちついた、奥の部屋で。 
 交神の儀にむかう娘と女当主の二人が、向かい合って正座をし……「交神の儀」がどのようなものか、娘が訪れ、しばし過ごす天界が、どのようなところか……そんなことをひととおり伝えた後、女当主は言ったのだ。 
 
「……いいかい、おまえは明日、おまえが選んだ相手と出会うことになる。 
 けれどね、それが本当におまえの望むような相手かどうかはわからない。 
 ……いくら見た目が好みだからって、いくらはたから見て優秀だからって…… 
 その人が、おまえにとってよい相手かどうか、それは誰にもわかりゃしないからね。 
 
 もちろん、逆もまたしかりだ。 
 期待してなかったのに、こんなに素敵な人だったなんて、そんなふうになるかもしれない。 
 ……それもまた、本人たちにしかわからないことさ。 
 
 ……でもね、もし、相手がおまえの望むような、期待したような男じゃないからって…… 
 それを本人の前で口にしちゃあいけないよ。 
 
 ……相手だって、選ばれて困惑してるかもしれない。 
 それなのに、こんなはずじゃなかった、こんな人だと思わなかった 
 なんて言われちゃあ、男がたたないってもんだ。 
 あんただって、望まれて嫁に行ったのに、そのあと「こんな女だと思わなかった」って 
 言われちゃあ……傷つくし、腹のひとつも立つだろう?」 
 
 まあ、あんたの選んだ相手はそんなたまじゃないけどさ、と女当主はつけくわえ……娘は正座のまま、黙って少し考える。 
 
「……それに、相手はあんたの子の父親になる男さ。 
 頭からあんまり相手を低く言っちゃあ、生まれた子どもがかわいそうだ。 
 だから、思ったような相手じゃなくても……当人と子どもの前で、それを言っちゃあいけないよ。 
 
 ……そのかわり」 
 
 そこで言葉を止めた女当主は、少し前に身をのりだして……娘もつられて、顔を当主に近づけた。 
 
「……不満があったら、私たちには思いっきり言っていいよ。 
 何も、ためこんどけなんて言いやしない……本人と子どもの前でだけ、我慢すりゃあいいんだ。 
 
 あれがああだ、あそこが気に入らない、どうしてああなんだ…… 
 もう小さな不満でも、くだらないことでも、思う存分言やあいい。 
 
 いくらだって聞いて、同意して、一緒に悪口で盛り上がってやるよ。 
 茶と菓子の一つもしばきながらね」 
 
 そう言って、明るく豪気な笑みを見せる女当主に、またつられ。 
 娘も笑い、静かな部屋に、明るい声を響かせた。 
 
「……昨夜、当主様に言われました」 
 
 天界のどこか。わずかな灯りが照らす、薄く甘い草の匂いがする社の部屋で。 
 正座をしたまま、目をふせ、静かな声で女は言った。 
 
「……私が選んだ相手が、望んだような相手とは限らない、と」 
 
 そして目を開け、床に転がったままの男に笑顔を向ける。 
 
「……けれど、あなたは私が思った通りの方でした。 
 だから、望みはもう叶いました。 
 ……他に望みなど、ありません」 
 
 そう言って指を床につけ、頭を下げる女に……ふうん、と男は小さく返す。 
 
 ――あるときは別の姿で、あるときは戦場で。 
 長きにわたり、男はこの一族を見つめてきたが……未だに、わからないことが多い。 
 
 わかることと言えば、かつて見た、愚直でまっすぐな武士の男の血を、確かにひいているということ。そして呪いを解くため、必死に生き、死に、戦い続けるその様が……なかなかにおもしろく、ときに輝かしい見ものだということだ。 
 
 会ったかどうかも定かでない自分の、何がそんなに気に入ったのか、正直よくわからないが……しばらく、この女といるのも、悪くない。 
 ……少なくとも、死ぬほど退屈な、いつもの天界暮らしよりは、ずっとおもしろそうだ……そう思うと、男は女の方へとにじりよった。 
 
「……じゃあさ、望みを叶えた代わりに、今度はボクの望みを叶えてよ」 
 
 そう言って、答えも聞かぬまま、女のひざに自分の頭をのせる。 
 甘さと酸味の混じったわずかな香りと、薄くしずむやわらかさが、男の周りをただよった。 
 
「……母さんと同じ匂いがするね」 
 
 つぶやく男の赤い髪を、女はそっとなでる。 
 目を閉じ、女の発するぬくもりを少し堪能した後……男は笑い、女に言葉を投げかけた。 
 
「例の呪いをかけたのは、ボクじゃない……そう言ったらどうする?」 
 
 果たしてこの夢見がちな女がどんな反応を示すか、楽しみにしていたが……女は静かに笑ったまま、また男の髪をなでた。 
 
「……当主様と話した後、姉様たちに言われました。 
 男の言葉を信じすぎてはいけない…… 
 自分の好きなことだけ信じ、信じたくなければそれでいいと」 
 
 思ったよりも薄い反応に、男は軽く口をとがらせる。 
 
「……都合がいいなあ。それでいいわけ?」 
「……あなたさまが信じろというなら、信じます」 
 
 ……思うより、手ごわいか。それとも、本当にすべてを知ったうえで、それでもなお自分を好いてるというのか。 
 ――まったく、おもしろい 
 
 そこまで考え、こっそりと呟くと……男はあおむけだった体を返し、女の腰に抱きついた。 
 
「好きだよ、君が……君たちが大好きサ」 
「……本当でしたら、嬉しいです」 
「嘘なもんか」 
 
 思いのほか、明るく強い声が出て。 
 それが方便か、それとも本心から出た言葉なのか……言った当の男にすら、それは定かでなかった。 
 
 
 同じ頃、地上にある一族の屋敷では、縁側から見える庭に、女たちが集まり……大きな声で、今回の交神の儀について、話をしていた。 
 
「どう思う?今回」 
「たぶらかされて帰ってくるに一票」 
「絶対そうよね、あいつ口うまいもん。 
 本当のことでも、わざと相手が悪くとるようにぺっらぺらしゃべるし。 
 いくら天界に戻ったからって、あの性格、変わんないって絶っ対」 
「あの子が泣かされてないといいんだけどねえ」 
「いやあ、あの子結構強いけど……でもあいつ、手口がえげつないもんね。 
 確かにちょっと心配だわ」 
「まあまあ、あんまりひどかったら今度こそ天界に乗りこんでフルボッコでいいんじゃない?」 
「ああ、それはいいねえ!ついでに天界で遊んで帰ってこないかい? 
 たまにはさ、花を愛でて、ゆっくり泳いで、夜は温泉、そして酒ってのも悪くないよねえ」 
「あ、それなら武器の強化も頼んでいいかしら。 
 どうせ一月も時間はあるんだからさ、ちょっとぐらいそういうのに使ったっていいわよねえ」 
 
「……なあ、庭で女どもが好き放題言ってるけど……いいのか、あれは」 
「いいんだよ、あれで。 
 ……矛先が向こうにむいてるうちは、俺たちは安全だからな」 
「……なるほど、ちげえねえ」 
 
 ……明るい庭先で、女たちの勝手な旅行計画がどんどんとふくらみ、進んで行く中。 
 縁側に座っていた男たちは、そのようにぼやき、なんとなく空を見上げた。 
 日本晴、そのような言葉がぴったりの、美しい青が広がっていた。 
 
 一族の、人々の、そして神々の気持ちがどうであろうと。 
 そのことが後に、どんな意味や結果を生み出そうとも。 
 
 一族に仕えし娘、イツ花が記し、残した一族史には……それが行われた年月、そして交神の儀にのぞんだ娘の名前に続き「――様、朱星ノ皇子と交神の儀」とただ短く、記されるのみである。 
終 
 
(以下コメントにつき薄字。読みたい方はマウスでドラッグしてください。) 
 朱星ノ皇子との交神の儀、およびセリフ流れを勝手に脳内補完してみたものになります。 
 乙女ゲーマーでもあるので、そんな要素がちょっと入ってるような気もしなくもないですが。しかし、書いておいてなんですが、裏京都や朱星ノ皇子は、なかなかストーリーにおいて位置づけが難しいですね。クリア後のおまけなんだから、そんなに深く考える方があれなのかなーとも思いますが。 
 
 個人的には勝手ながら自分の中の一族のイメージがちらっとでも書けただけでも嬉しいです。 
 短い話ですがお付き合い、どうもありがとうございました。 
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